園田喬しの日記で振り返る「インドネシアアーティスト招へい事業」

インドネシアアーティスト招へい事業

プロジェクトメンバーの園田喬しが期間中にメモした日記から、2018年1月に実施された「インドネシアアーティスト招へい事業」を振り返ります。

文:園田喬し

1月13日(土)

インドネシアアーティスト招へい事業

前田さんと遠藤さんが二手に分かれて招へい者を空港まで迎えに行き、園田は横浜能楽堂で合流。2年前インドネシアで買ったバティック(ろうけつ染め)シャツを着て、必死に覚えた片言インドネシア語で挨拶。再会の挨拶は是非インドネシア語で……と強く思っていたからだ。でも実際は上手く喋れずほろ苦い記憶がある。それでも、2016年のインドネシア調査以来の懐かしい再会が嬉しかった。横浜能楽堂では、観劇、施設見学、能楽に関する様々なレクチャーと、いきなりフルコース。インドネシアアーティストたちは、日本の伝統芸能に強い関心を示し、来日初日から意識が高い。自身の伝統文化を軸として持つ彼らは、初対面の異文化を捉える感覚も鋭い。能の囃子を聞くと「昔の森や川や鳥の音に囲まれたようだ」という感想が出たり、現代の日本人には理解が難しい能の体系や伝承システムを瞬時に理解したり。インドネシア側からは伝統芸能デモンストレーションも飛び出し、横浜能楽堂の皆さんと有意義な交流ができた。皆で一緒に記念撮影。インドネシアアーティストたちの明るさが印象に残る。引っ込み思案の自分としては、彼らが眩しく見えた。その後、かなり遅めの夕食を駅ビルのレストランで。それなりの値段になってしまい、インドネシアとの外食文化(物価)の違いを痛感。

1月14日(日)

インドネシアアーティスト招へい事業

宝生能楽堂にて、能・狂言の観劇及び宝生流宗家の宝生和英さんによる能楽ワークショップ。昨日に続いて濃密なレクチャーを受ける。貴重な能面なども触らせてもらったが、インドネシアアーティストは初めて触れる能面の付けこなしが何とも巧み。彼らの即興寸劇にプロジェクトメンバーは抱腹絶倒したり、長時間に渡り双方の芸能の説明に互いに熱心に聞き入ったりと、宝生さんを交えた能とインドネシア芸能双方のデモンストレーションは大いに盛り上がった。ご多忙にも関わらず丁寧に時間をかけて教えて下さった宝生さんには心から感謝を申し上げたい。夕食はみんなで吉野屋。値段やメニューのバランスも良く、外国の方にも好評なのだとか。外国からゲストを招いたら「せっかくだから美味しいものを」と日本人は考えるが、吉野屋も現代を象徴する食文化のひとつかもしれない。帰り道、インドネシアアーティストたちはインスタグラムでライブ中継をしたり、コンビニで買ったお菓子を食べ歩きしたり。自分たちのペースで来日を楽しむ“人生の達人”だ。

1月15日(月)

インドネシアアーティスト招へい事業

木ノ下裕一さんによる歌舞伎レクチャーの後、東銀座の歌舞伎座へ。新春の人気公演ということもあり、大盛況の歌舞伎座を生で体験。木ノ下さんのレクチャーのお陰で歌舞伎を存分に楽しんだインドネシアアーティストたちの間で、一番人気だったのは弁慶。前日までに観た能の物真似の他に、弁慶という新たなレパートリーが加わる。観劇後の夕食は、歌舞伎座近所の名代富士そばへ。

1月16日(火)

インドネシアアーティスト招へい事業

国立劇場にて歌舞伎を観劇。終演後、楽屋で尾上菊之助さんとお会いして意見交換。菊之助さんが中心となって上演された新作歌舞伎『マハーバーラタ戦記』(マハーバーラタはインド叙事詩だが、インド文化の系譜にあるインドネシア芸能においても欠くことができない)』のお話なども聞きつつ、積極的に発言するアーティストたちの姿勢が素晴らしい。即興でインドネシア伝統芸能のデモンストレーションをお見せする。舞踊の達人でもある菊之助さんは、身体の使い方が似ているジャワ舞踊は難なく真似て見せ、バリ舞踊も腰の入り方などはさすが。楽しそうに体を動かした後、粋なお返しにインドネシアアーティストも舞踊の手ほどきを受けた。第一線で芸能を担う実力派同士、貴重な交流ができたと思う。

1月17日(水)

インドネシアアーティスト招へい事業

宗家藤間流・藤間勘洋舞さんによる日本舞踊のレクチャーを受ける。彼女が専門とするモーションキャプチャを活用した日本舞踊の動きの分析など、座学はもちろんのこと、実際に立って行った実演的講義が大いに盛り上がる。みんな明るく前向きにトライする人たちなので、身体を動かしながら受けるレクチャーと相性が良い。日本とインドネシアの伝統舞踊の共通項や差異など、興味深い内容だった。この日はそのまま大阪へ移動。明日から1週間ほど関西を視察する予定。

1月18日(木)

インドネシアアーティスト招へい事業

早朝、ホテルのロビーに集まり、本日観る文楽の演目について、木ノ下さんからワンポイントレクチャー。午前中は国立文楽劇場にて文楽を鑑賞。昼の部、夜の部を観劇し、劇場を出たのは20時過ぎ。ほぼ丸1日劇場で過ごし、たっぷり文楽を堪能。特にワヤン・クリッ(影絵芝居)のダラン(人形遣い)であるチャトゥールとナナンは、大いに興味を惹きつけられた様子。この日はナナンの誕生日ということで、みんなで夕飯を囲み、お祝いをすることに。木ノ下さんが予約してくれたお店へ向かう道中、木ノ下さんのガイド付きで大阪の街を軽く散策。歴史の話から現代の風景まで、私たちらしい散策ができた。お店に到着し席につくと、さっそく今日観劇した文楽に関する質問が。木ノ下さんを中心に文楽や歌舞伎の話で盛り上がる。彼らの伝統芸能に関する貪欲な知識欲に感服。

1月19日(金)

インドネシアアーティスト招へい事業

この日も国立文楽劇場にお世話になる。午前中から文楽に関する各種レクチャー。人形遣い、太夫、三味線、人形の「かしら」や鬘や衣装を管理する方々、そして国立文楽劇場で企画制作に携わる方々、などなど。こちらもワヤン・クリッの人形を持参しお披露目するなど、活溌な意見交換と交流ができた。劇場のバックステージも視察させてもらい、貴重な機会を頂く。更に明日から観劇予定である神楽に関するレクチャーも。

1月20日(土)

インドネシアアーティスト招へい事業

ホテルをチェックアウトした後、広島へ移動。高速バスと送迎バスを乗り継ぎ、広島県安芸高田市の神楽門前湯治村へ。ここは宿泊施設、天然温泉、お土産処、食事処などを備えた、さながら神楽のアミューズメントパークのような総合施設。もちろん、神楽資料館や神楽上演のための劇場、通称「神楽ドーム」なども完備されている。施設内の案内と解説をして頂き、併設の宿へチェックイン。温泉や郷土料理を堪能し、安芸高田にある22の神楽団を束ねる久保会長から貴重なお話を伺った。夜は神楽上演を観劇。終演後は神楽団との交流会として、神楽を堪能させて頂いたお返しに、神楽舞台でインドネシア芸能のデモンストレーションを実施。お酒を飲み交わしつつ交流するうち、インドネシアアーティストたちと神楽団の皆さんによる即興セッションが実現。ワヤン・クリッの人形、バリ舞踊の仮面、伝統楽器、神楽上演に用いる様々な小道具など、お互いの伝統芸能で積極的に交流できるのは、このフィールドワークの醍醐味だ。笑顔の絶えない懇親会が終わり、深夜の宿へ戻る。今日は個室ではなく、男性陣と女性陣に分かれてふたつの部屋を相部屋。そこでも車座になり、伝統芸能の話の続き。連日している伝統芸能の話は、全く尽きる気配がない。日本とインドネシアの伝統芸能がおかれる環境には多くの共通項がある、という話が興味深い。