【エッセイ】時松 はるな

時松 はるな

国際交流基金アジアセンターの前田さんから初めて連絡をもらったのは2016年6月。私の個人サイトのメールフォームから突然届き、その時、私は国際交流基金という団体名すら存じ上げていなかったので(すみません)、当初は「なにごと?」と思いました。周りの人に相談したら「一度会ってきたら?」と背中を押され、とりあえず会うことにしました。アジアセンターの担当のお二人と会い、私が2012年頃からやっている、国立能楽堂のカレンダーや公演チラシのイラストの意図を担当のお二人が上手く汲み取ってくれたことが、この出会いに繋がりました。お声掛けいただいたことは嬉しかったし、伝統芸能に関する一般人のポジションとして、私が『伝統のチカラ、芸能のカタチ』に参加するのも面白いな、と考えました。
 インドネシア調査出張では、色々な場所へ行くことができ、その国の暮らしぶりを実際に体験できたことはとても貴重でした。バリ島で体験したお祈りなど、その土地でしか味わえないことができたのは、私にとって大きな財産になりました。インドネシアで見たものは今まで経験したことのないものばかりでしたが、それらが日本での自分の暮らしに繋がることが面白かった。それらを体感として学べたことが、私がこのプロジェクトに参加した意味かもしれません。実を言うと、私はもともと海外にはあまり興味がありませんでした。まずは自分の国のことをもっと知りたいし、海外を知ったからといってそこまで視野が広がらないというのが本音です。とはいえ、別の国の人々の暮らしぶりに関しては強い興味があるようで、暮らしぶりが似ている、繋がっていると思えることが、大切なのかもしれないと考えるようになりました。同じ人間として、毎日を生き、たまに楽しいことがあったり、悲しいことがあったり、そういう暮らしの中に文化が根づき、そこから様々な芸能が生まれてきたのだと思います。

時松はるなイラスト・神楽門前湯治村

 2018年1月に、今度はインドネシアからアーティストたちを招いて、一緒に日本の伝統芸能を見て歩きました。個人的には神楽が面白かった。やはり私は、暮らしと繋がっているものに興味を示すようです。地元の人たちが働きながら参加している神楽団は、あまり高尚なものになり過ぎていない、生活の近くにある伝統芸能です。そういう存在が身近にあることが羨ましかった。神楽門前湯治村に泊まった際、5歳位の子どもが神楽の真似をしていて、それがとても印象に残っています。その子は簡単なステージの上でおもちゃの刀を持ってくるくるとまわり、まるでヒーローごっこに興じるかのように神楽の舞を真似て踊っていました。その土地に住む子どもたちにとって、神楽が「かっこいいもの」として、憧れの存在になっているというのは、その芸能を継承する上でベストの形だと思います。

時松はるなイラスト・神楽門前湯治村
時松はるなイラスト・神楽門前湯治村

私は、古いものが失われていくことに強い悲しみを覚えます。以前は、それに対して、ただ指をくわえて眺めているだけでしたが、最近は希望が持てるようになりました。更に、木ノ下歌舞伎や池澤夏樹先生の『日本文学全集』などを見て、「古典や伝統芸能をこんなに愛している人が実在するのだ」と嬉しくなりました。そういう人たちが表現したものを見聞き出来ることは特別に楽しく、何より私自身が「古典って超面白い!」と気付けたことがこのプロジェクトに参加した大きな収穫でした。暮らしの中にまぎれこんでいる古典に気付いた時、私はとても嬉しくなります。いつでも古典はそこにあるから、私たちが忘れ去らない限り、一人一人の思いの中にこうして継承されていく古典があってもいいのだなと思いました。
このプロジェクトを経て、突然伝統に目覚めたとか、伝統を意識した創作をやりたくなったとか、残念ながらそういうことはありませんが、私の中に元々あった感覚がもっと鮮明になったと感じています。私のルーツが、古いものにある、と再認識できました。私は絵を描くことが専門ですが、私が描きたいものは、神話を含めた土着的なもの、生活に密着しているものです。神話的な、ちょっと不思議なものを描きたいと考えているけれど、でもそれは、生活をしている人にこそ届いて欲しい。高尚なものではなく、日々暮らしている人たちに何かを届けたい。そこに「私の中に根付いている古典」を少しだけまぎれこませることができたなら、理想の作品になるのかなと思います。

おそらく人間は、例え国が違っても誰もが共通して持っている「根っこ」のようなものがある。それは普遍的であり、人間の核のようなもの。その根っこの部分を上手に作品へ昇華させていきたいと思っています。それは人類が脈々と受け継いできたものだろうし、生活の中で時々それを思い出して安心できるような世界になって欲しい。『伝統のチカラ、芸能のカタチ』プロジェクトで出会った人には、そういうことを実践している人が多かったと思う。皆さん形は違っても、根っこでは繋がっていると思います。それをガッツリ体験させてもらったので、インドネシア以外の他の国はどうなのかな? と、それも知りたかったです。他の国と比べるというより、その繋がり方を見てみたかった。おそらく繋がっているに違いないので。