【エッセイ】Kadek Dewi Aryani

文楽

一人の太夫の歌が聞こえる。今から演じようとする人形劇について語っているのだ。三味線の音が続き、舞台の雰囲気を盛り上げる。三味線の旋律の全てが私の心を揺さぶった。舞台は太夫や三味線奏者の登場に合わせて、180度から360度まで回転する。太夫はそれぞれの人形に魂を込め、人形遣いはまるでスンダのワヤンゴレックのように、人形を操る。この人形劇はプロセニアム(額縁舞台)で演じられる。文楽の特徴は一人以上の人形遣いによって演じられることだ。一人の人形遣いが頭と一方の手を動かし、他の人形遣いが足と手を操作する。一体の人形を動かすのに、人形遣いたちは呼吸を合わせ、同時に動かなければならない。面白いセリフのシーンでは観客から笑い声が聞こえ、物語の中で漂っている観客もあり、玉手御前が死ぬシーンでは悲しむ観客もいた。私たちは人形を試しに操る機会があり、とても楽しかったのだが、その難しさは半端ではなかった。人形の制作もとても繊細だった。人形の制作現場はとても印象的だった。いろいろな役柄の文楽人形がたくさんあった。文楽人形の職人は、人形の作り方をとても楽しく教えてくれた。文楽人形のそれぞれの個性は、職人や人形遣いや太夫によって勝手に解釈してはいけない。物語、せりふ、役の伝え方はすでに17世紀に書かれており、現代風の脚色を付け加えてはいけない。文楽が生まれてこのかた、現在までそのままなのだ。インドネシアの人形とは全く違う状況である。マハーバーラタの登場人物の役柄を、人形遣いなりの解釈で演ずるのとは違うのだ。ジョグジャカルタを訪れれば、ジョグジャのアルジュナとバリのアルジュナとは違うと感じるだろう。人形の動かし方から、話し方など全く違う。しかしアルジュナの特徴は、上品でハンサム、やさしく勇ましい戦士である、ということは共通している。現代においては、アルジュナは昔のように馬に乗っているのではなく、フェラーリに乗っているかもしれない。面白いでしょ?要は、観客に伝えたい重要なことは、その物語に含まれた善行の哲学であるからだ。

日本舞踊

突然着物を着た女性が現れ、私はこの女性が実に優雅に着物を着こなすのに呆然とし、そのおかげで帰国前に着物を買ってしまった。私が買ったのは古着の着物であるが、着物の布のクオリティを見ることはできるだろう。価格もまあまあで、ポケットから絞り出して1万円払った。その美しい女性は日本舞踊を紹介してくれた。動きは美しく、全ての動きに意味があった。扇子はこの舞踊の特徴で、様々な意味を持つ小道具として使われる。扇子の動きで雨、太陽の光、川などを表現するのだ。私にとってはとても興味深かった。バリの伝統舞踊でも扇子の動きに名前があるが、特に意味を持たず、とても抽象的な表現なのだ。日本舞踊を紹介する以外に、この美しい女性はとても若いながらも、博士の学位を取得し、舞踊家の呼吸と身体の動きについて研究していて、舞踊における身体の動きを分析していた。

ダイナミックな神楽

神楽の村に着いた時、文化の近さをとても感じた。4時間旅した後に、広島の神楽の観光村は親しみ深く、とても暖かく迎えてくれ、雪は降っていたがまるで夏のようだった。足を踏み鳴らし丸く廻る動きが、この踊りの大部分を占める。仮面は物語に合わせ、とても多様だ。この芸能の背景にはとても有名な神話がある。天照大御神、つまり太陽神が洞窟に隠れてしまい、世界が一日中一年中真っ暗になってしまう。住民は祈りを捧げ楽器をたたき、洞窟の前で踊った。太陽神が喜び姿を現し、そして世界に光が戻るように。この芸能には大きな舞台はいらない。自然への儀礼として始まり、観賞用の芸能へと発展した。特定の日に神楽祭りを行い、広島のいろいろな地域からの神楽グループを招いている。この賑やかな神楽祭りを感じることができて幸運だった。

木ノ下歌舞伎

木ノ下歌舞伎はとても独創的なアイデアを持ち、木ノ下さんは歌舞伎に対する深い知識を得ているので、新しい試みを行い、現代の日本の観客が、古典の歌舞伎を現代的で今風のスタイルで歌舞伎を楽しむことができるのだ。木ノ下歌舞伎の公演のビデオは、私たちに多くのインスピレーションを与えてくれた。

現代演劇

現代演劇の公演では、音響効果が印象に残った。今まで観賞した公演とは舞台装置が違っており、雨の音は雨水を感じさせるほどリアルで、記憶に刻まれた。セリフを理解したかったのだが、字幕なしの日本語だったため、舞台で何が起こっているのかがよくわからなかった。しかし公演はまずますの成功で、客席からはすすり声が聞こえた。それが観客の心に届いたという証拠だろう。

伝統芸能ワークショップ

やっと私たちがそれぞれの芸能を紹介する順番がやってきた。このような機会を得られて本当に嬉しかった。私が取り上げた題材は、バリの伝統芸能をいかに一つのコンテンポラリーな作品として発展させ、寺院で受け入れられ、かつ上演できるような作品を作るか、ということだった。バリ社会はとても慣習や伝統が強いため、昔からの慣例やしきたりに反するような現代舞踊を受け入れるのは難しい。私の芸術活動の目的は伝統を発展させるだけではなく、古典芸能、レゴンやトペン(仮面舞踊)や他の古典芸能を保存維持することでもある。「伝統のチカラ」というテーマは、まさに私が取り組んでいるテーマにぴったりだった。6才からレゴン・プリアタンを習い、プリアタン寺院のラカさんを師匠とした。彼女が私をプリアタン様式のダンサーとして育ててくれた。私は1キロの道を、扇子を持って、妹のアユや友達と先生の家へ通ったものだ。彼女はとても忍耐強く、動きの一つ一つ、足の一歩一歩を、私が舞台に立つまで教えてくれた。そして、その舞台公演はウブドのサレン寺院で水曜日の定期公演になるまで続いたのだ。先生と同じくらい、私の芸術活動に大きく貢献してくれたのは両親だった。子供たちの芸術的な進歩について、教師であり批評家であった。家で私は父からトペンを教わり、父自身も祖父からトペンを継承した生粋の芸術家だった。私はよく父から、祖父について村から村へ踊りに行った経験を聞かされたものだ。1956年には父はまだ13歳であったのに、祖父のアシスタントとしてトペンを踊っていたのだ。ジュンジュンガンの私たちの家は、伝統から近代、現代のどのような芸術であろうと交流したい人たちは常に大歓迎だった。これは私たち、子どもの使命なのではなく、何世紀も芸能を継承してきた祖先からの使命なのだ。デンパサール芸術大学を卒業した後、アルコ・レンツというヨーロッパのコレオグラファーからコンテンポラリーのテクニックを学び、コレオグラファーが私の職業となった。2010年に私はBAM(ブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージック)ニューヨーク、ブルックリン、サンフランシスコでオペラを振付する機会を得た。ニューヨークでボブ(ロバート)・ウィルソンの「I LA GALIGO」でダンサーとして出演したり、中国のチェンとのワークショップでダンス作品も作った。最近は、グス・テジャ・ワールド・ミュージックの舞台公演の振付をよく行っている。Golden Mask, Blessing, Prayer for Mount Agung, Danau Suci, Sundara などだ。以上の作品以外にも、以下の作品を手掛けている。
Tari Nrittadewi, Tari Rejang Asep Sari(ジュンジュンガンの人々に捧げたダンス), Tari Candrawangi(このダンスはウブドの水の王宮で毎週土曜日に鑑賞できる), Tari Daradewi (デウィ舞踊団“Sanggar Tari Nrittadewi “のために作ったダンスで、舞踊団の公演の時に鑑賞できる), Tari Sunari Dewi , Dance Drama Green contemporary, Dance Drama Kang Cing Wie, Tari contemporary “Merah” など他にも小作品がいくつかある。

行ったり来たりの旅行

21日間桜の国を旅して、とても楽しくまるで数日間のように感じた。国際交流基金のチームは疲れを知らず、私たちの旅をサポートしてくれた。この旅行の全てに意味があり、今後私の心の一部となるだろう。多くの新しい経験をし、作品のアイデアが私の脳裏に浮かんだ。これがいつか私の作品となり実現することを期待する。私が心に記した事は、伝統をしっかりと握りしめる。しっかりとした根を持った新しい木を植えるかのごとく、深ければ深いほど簡単には倒れない。自然に習い、伝統が生き続けるために。「伝統のチカラ」よ、永遠に!