グローバル化や技術革新が進む現代社会において、大量に流れ込む情報の氾濫は価値観の多様化や流動化を招き、地域固有の文化を衰退させつつある。それぞれの民族が独自に育んできた伝統芸能もまた、趣味趣向の細分化に伴って数多ある娯楽の一つとみなされ、あるいはそれが持つ厚みや重さゆえに、他と比べて敷居の高いものとして隅に追いやられていく。既存の価値体系の崩壊や地域コミュニティの解体もそれに一層の拍車をかけ、人々と伝統芸能の間に大きな隔たりを生み出している。数百年、あるいはそれ以上の長きに渡って時代に応じた変容を繰り返しながら、人々の心に寄り添うように存続してきた伝統芸能は、私たちにとってはもはや過去のものとなってしまったのだろうか?
ここに木ノ下裕一と言うひとがある。今日まで脈々と受け継がれる歌舞伎の正当な系譜とは別に、現代演劇という土俵で歌舞伎が持つ魅力を顕在化させ、作品づくりを通してその本質を人々に問う若き芸能の担い手である。自身の名前を冠した木ノ下歌舞伎は、一見すると歌舞伎とは思えぬ独特の様相を纏うが、その実、伝統芸能が持つ厚みや重さといったものを十分に咀嚼しながら、同時代性を兼ね備えた新たな芸能のカタチを提示することで、観客の心を捉えて離さない。既に 10 年の歳月を積み重ねた木ノ下歌舞伎の上演は、私たちを単に魅了するばかりではなく、その背後にある伝統のチカラを意識させ、否応なくその存在の大きさを気付かせてくれる。
伝統芸能を現代という文脈の中で捉えようとする試みそれ自体は新しいものではなく、ましてや日本の十八番という訳ではもちろんない。むしろ伝統芸能の宝庫と言われる東南アジアでは、異なる歴史や背景を持つ個々の民族が多種多様な文化を織り成し、いまもって伝統が根強く息づいているが故に、伝統芸能に対する取り組みも様々で、それこそ全くありのままの状態のものから、民族の枠組みを超えて国家的な規模で対応が講じられるものまで、その程度や温度差はまちまちである。そこでは、日本と同様あるいはそれ以上に、いまを生きる伝統芸能のあり方を模索し、作品を通して世に問う芸能の担い手も少なくないだろう。それらの人々と知見を共有し、共に歩むことで、それぞれの社会に適した芸能のカタチを考え、伝統のチカラを再発見する大きな手掛かりが得られるのではないだろうか。私たちが再び伝統芸能の中に存在意義を見出すとき、それは生きていく上での豊かさとなり、人生を歩む上での糧を与えてくれるものとなるだろう。
2016年6月30日
国際交流基金アジアセンター
独立行政法人国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、全世界を対象に総合的に国際文化交流事業を実施する日本で唯一の専門機関です。
アジアセンターは2014年4月に設置され、ASEAN諸国を中心としたアジアの人々との双方向の交流事業を実施・支援しています。
日本語教育、芸術・文化、スポーツ、市民交流、知的交流等さまざまな分野での交流や協働を通して、アジアにともに生きる隣人としての共感や共生の意識を育むことを目指しています。
![]() |
「伝統のチカラ、芸能のカタチ」は、beyond2020プログラム認証事業です。 |